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脳神経の多様性に対応したデザイン(1): 自閉スペクトラム症クライアントの感覚世界を理解する

自閉スペクトラム症など、生まれつきの脳神経変異 (Neuro-divergence: ND)を持つ方々の感覚ストレス、そして介護者のストレスを軽くすること。これが「脳神経の多様性に対応する」建築デザインの主眼です。まず、デザインの根拠としてNDクライアントの感覚特性、感覚世界、およびストレス対処行動(常同行動)についての情報が必要となります。話せないNDクライアントもおられるので、介護者からお話を伺い、もし可能な場合はNDクライアントのご様子を見せて頂くなどの調査をします。

自閉スペクトラム症や知的障害を持つ方々のための障がい福祉サービス事業所の外観パース

NDクライアントの感覚特性

NDクライアント一人ひとりの感覚特性は大きく異なりますが、全般には脳神経の変異で、感覚情報の処理に様々な障害をお持ちだと言えます。例えば意識を対象に向けるなど注意の制御に障害があること、そして感覚過敏や鈍麻が挙げられます。眩しい光、蛍光灯 (チラつく光) 、特定の色彩、強い模様、音、触感、匂い、味、身体の平衡、身体各部の感覚、他者の視線、感情などに対して過敏もしくは鈍麻な方々が多いと言えます。


混沌とした世界

(以下は、全てのNDの方に当てはまるものではありません。NDの方一人ひとりの感覚特性、障害の度合い、環境、体調等により感覚知覚の特異性も様々です。)


NDの方々の視覚は、健常者とは異なる場合が多いようです。奥行きがない、断片だけであったり、歪み、混沌として認識が困難、静止することなく蛇行し続けたり、見える物体の形や大きさも変わる、中には消えてしまう場合もあるようです。顔や表情の認識が困難な場合もあります。こうした視覚の異常は、特に意識を集中して見ようとする時に起こってしまいやすいようです。(注1)


また、感覚過敏は不快の度合いだけでなく持続時間にも現れることがあります。言い換えるなら、物理的な刺激がなくなった後もそれから受けた感覚自体は何時間・何日も持続する場合もあります。


知覚が遅延することもあります。例えば、問いかけても返答が遅くなるなど。


健常者の方々でも、過去の体験をふと思い出すことがありますが、NDの方の中には、それが現在、実際に起こっている出来事の感覚・知覚を伴う事もあるようです。


感覚過敏は思春期に悪化したり、年齢と共に変わることもあります。また、常に変化する体調や環境、ストレスの度合いに応じ、過敏な感覚が一時的に鈍麻になるなど、感覚特性が変わることもあります。


身体内部の感覚が鈍麻である方も多いようです。例えば喉の渇き、空腹感、消化、痛み、心拍、筋肉の緊張、腸や膀胱の具合などの感覚に鈍く、これが便秘や失禁につながります。平衡感覚や身体の運動感覚の鈍さもよく見受けられます。


また、身体の感覚と密接なつながりがある感情も、NDの人たちにとっては認識しにくいようです。身体内部の鈍麻な感覚に外部の混沌とした知覚世界が組み合わさると、自分についての感覚の発達が妨げられ、自尊心の低さを招き易いようです。


その他にも様々な感覚・知覚上の特異性があるようです。(注2)


常同行動

このように、NDの方々の知覚世界は常に混沌としがちで、物事の成り立ち、関係性、構造や意味を見出しにくいため、不安感・恐怖感などに晒され易いようです。一見すると不可解な常同行動やこだわりは「いつもと全く同じ」予測可能な体験を自ら起こし、不安などの感情ストレスを紛らわせ、そこに逃避・没頭することで、安心感を得ようとする対処行動の側面もあるようです。また視覚が不安定な場合、他の感覚—例えば触覚や嗅覚など—を使った常同行動で補おうとする意味もあるようです。


生活上のさまざまな要因(体調不良、環境やご本人のあらゆる変化など)で感情ストレス(不安感など)が高まると感覚過敏や常同行動など自閉的傾向が強まるようです。


ストレスのかかる感覚刺激から意識を離せずにいると、やがて感覚が過負荷になり、神経系統の激しい痛みや不快感が生じるようです。そうなるとかんしゃくなどの問題行為も起こり易くなります。さらに過負荷が進むと本人も自覚できないパニック状態に陥るようです。


生活の質

NDの方々が社会生活を営む上で、常同行動は妨げになりますが、上述のような対処行動の側面もあり、完全に止めるのは難しいようです。


とはいえ、ご本人の意思や感情を尊重し過ぎると、常同行動が増え、自閉的傾向が強化されます。かんしゃくなど問題行為が、NDご本人の意思に周囲の人を従わせる手段として認識されがちです。そうなるとコミュニケーションや社会生活がさらに難しくなるという悪循環に陥りかねないようです。


ご本人の長期的な生活の質を良くするためには、常同行動を少し許容しつつも制御していく療育や支援が不可欠なようです。


デザインの留意点

このような療育や支援を容易にすることが、建築デザインに求められます。例えば、感覚過負荷やパニックの際に、常同行動を受け止め、落ち着きを回復できる空間があること。


次に、NDクライアントが普段使う空間は、ご本人の感覚特性に基づき(注3) 、落ち着ける意匠性ならびに安全性、そして常同行動に対応した堅牢性、清掃性を併せ持つデザインとします。このような建築デザインによって、NDクライアントを過剰な感覚刺激の対処(感覚ストレス)から解放することが可能です。これは、身体内部の感覚も含め、総合的な感覚情報の処理(知覚) の改善につながります。


さらに、介護ストレスの軽減には、便所や洗濯室のデザインをトイレ介助、失禁後の処置および入浴にあわせて最適化することが、有効と思われます。



留意事項

この投稿では、知的障害を伴う一般に重度の自閉スペクトラム症として知られている脳神経の発達障害をNDと称しています。


(注1) およそ過半数のNDの方々にとって、視覚の過敏や歪みの軽減には、各人の過敏な波長の光をカットする、Irlen lens(アーレン・レンズ)と呼ばれる色レンズのメガネが有効のようです。


(注2) 詳しくは O. Bogdashina著 Sensory Perceptual Issues in Autism and Asperger Syndrome を参照。こうした「特異性」は、Neuro-typical (健常者)にとっては、明らかに「異常」と言えますが、NDの本人には、苦しくとも「正常」な状態です。「異常」という言葉を敢えて避け「特異性」として捉える態度が、NDの方々の感覚・知覚世界を理解する上では重要だと言われています。


(注3) あるNDクライアントは強度行動障害があり、自宅の破損が続いていました。ご家族が、窓ガラス、内装、建具などを特別仕様にし強度を上げても、破損行為はむしろひどくなり、修理が繰り返されていました。ところが、ある時、内装色を塗り替えたところ、ご本人はすっかり落ち着き、それ以後、破損行為は止んだそうです。この実例は、どのような感覚刺激に過敏・鈍麻か、など特性の理解がデザインには必要だと示しています。


参考文献

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